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ロードバイク・アメリカンフットボール・音楽・酒
添乗員は飛行機がキライ
私は飛行機が嫌いです。

怖いからです(爆)



航空機事故に遭う確率は、交通事故のそれよりも低く、またきちんとした理論で設計され、 「飛ぶ」 ことが科学的に立証されていても、上空でぐらぐら揺れるととたんに恐怖心に駆られます。



私の添乗員としての渡航回数は 80 回を越えましたが、行き先は圧倒的に中国が多かったです。

中国の国内線ほど怖いものはありません。

さすがに最近は改善されつつありますが、ついこの間まで旧ソ連からのおこぼれであるツポレフとかイリューシンとかが現役で就航してましたからね。



出発が近くなり、しかも今度の日程で国内線航空機での移動があると、気が滅入ります。

国際線はまだいいんですよ。

日本から出る場合などは日本側に整備を委託しますから。

往復の路線であれば、これだけでも危険が半分去ったことになります。



航空機事故の多くの場合はヒューマンエラーだと言われてます。

パイロットが見落としたりとか、整備不良が発見できなかった、あるいは勘違い、思いこみ、そんなものも遠因になったりするんですね。



私は学生時代の数年を、北京の大学で過ごしました。

そうした経歴から誰も行きたがらない中国への添乗がまわってくるケースが多かったわけですが、中国で暮らした数年間、中国人の恐ろしいほどのいい加減さを身にしみて経験している私は、



「まさか、あの時の、あーゆーいい加減なやつが整備してたりしてないよな」



とか



「あんなやつはパイロットになんかなれっこないよな、そりゃそーだよ」



と自分に言い聞かせ、祈るような気持ちで機上の人となるわけです。

ここでは中国への添乗で経験した、飛行機にまつわることを書いてみたいと思います。



巻之壱 “安”
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シルクロードの奥地、タクラマカン砂漠のオアシス小都市・和田(ホータン)に、大学の地理の先生方とご一緒した時のことです。

新疆ウイグル自治区の区都・ウルムチから飛行機に乗り、タクラマカン砂漠ど真ん中の小都市アクスを経由して、ホータン行きというルートです。



しかも飛行機は悪名高いソ連製のアントノフというプロペラ機。

機材の種類を示す中国語の略称は“安”です。

もうそれだけで、“安”心できないわけですが、これも仕事です。

いやいやながらも笑顔でお客さんとともに乗り込みました。



「ぶうううううん」



“安”は、のたのたと滑走路を走り、どっこいしょ というかけ声でもかけそうな感じで離陸しました。



タクラマカン大砂漠の上空を、“安”はひねもすのたりのたりと飛んでいきます。

できるだけ気を紛らわそうと、普段よりよけい愛想良くお客さんに話しかける私。



無事、経由地のアクスに着きました。

ここで“安”は給油。

我々は空港の待合室で名産のハミ瓜に舌鼓みを打ちます。



やがて“安”は再びよたよたと走り出し、今度はよっこらしょ ってな感じで離陸しました。



まぁ飛んじゃえば非常に安定してます。

ぴくりとも揺れません。

お客さんの先生方は、上空から見る生の砂漠の光景に眼を奪われています。

やれやれ… 無事にホータンに着きそうだな、と思った時、操縦室のドアがかちゃっと開きました。

すると中から中学生ぐらいの少年が出てきました。



「?」



こいつが操縦してるの?

ま、まさかなぁ…

きっと異常なほど童顔のパーサーか何かに違いない。



自分の目の前の光景を、いい方へ、いい方へと無理矢理に解釈するのは、添乗員を始めてから身に付いた自己防衛本能のひとつですが、この時も、そのように無理に思いこみました。



すると、また かちゃ とドアが開き、今度は 20 そこそこのあんちゃんが出てきました。

そいつの服装を見て、私はどうやってこの現実をねじ曲げるか、んもう脳ミソフル回転でぶんまわしました。



そいつは、洗い晒しの、ところどころシミのついたワイシャツを素肌に来て、ボタンはみっつめまで開けて、つまりはだけちゃってるわけですね。

汗でぴったりくっついちゃって、薄い胸板が丸見えです。

そんでもうズボンときたら、



「こちとらこの世に縫製されてからこの方、プレスなんざ一度もしたことないぜ」



みたいな、行灯っつうか、ただの布の筒というか、とにかくそんな感じで、しかも裾は膝までまくり上げられてます。



極め付きはその足。

ちびたサンダル履いてました。

しかもベトコンが履いてたような、ぺったんぺったんのやつ。



操縦室のドアは立て付けが悪いのか(って、リフォームでもするんかい!)、それとも閉めかたが悪かったのか、恐らくその両方でしょうが、ぱたんぱたんと開いたり閉まったりしてます。

そぉ〜っと中を覗いてみると、中には誰もいませんでした。



こここ、こいつらが転がしてたのかあああああああ



もはや 【操縦】 なんて高尚な言葉は使いません。

【転がす】 で十分です。

しかも、こやつらが 【転がし】 ている飛行機に乗っているのは



ワ・タ・シ・・・



(泣)



「いーんだよ、服装なんて。びしっと制服着てるやつにだって、いいかげんなやつはいるじゃん。そそそ、そんな見かけで判断しちゃいけないよ」



と、得意の性善説的解釈を試みましたが、コアの私から次なる問題が提出されました。



「操縦室に誰もおらず、いったいこの飛行機はどーやって転がされておるのか」



だだだ、だからさー自動操縦じゃん。

いくら“安”だって、それぐらいの智恵はあるっすよ。



けど、本当にそうか。

【惰性】 でただ飛んでるだけではないのか。



だめです。

コアの私に負けてしまいそうです。



それでこいつらは操縦室留守にして何してるのかと言うと、後ろでスチュワーデス相手に、中国を礼節の国たらしめている漢民族の見目麗しい食習慣、つまり



「ひまわりの種むさぼり食って、殻はぺっぺぺっぺ吐き散らすんだぁぜぇ〜」



を堂々と敢行して、長年の風雪&酷使に耐え抜いた、こいつらの神聖な職域である“安”に、食べカスの化粧を施していました。

ハムスターのごとき食欲でひまわりの種を食べ終わった彼らの次なる行動は、そうです。



満腹で一服ですね、

ってやな語呂だなぁぁ。



二本の煙突がくっちゃべってるみたいです。

もうすっぱすっぱです。

私もかなりのヘビースモーカーですが、一応 TPO はわきまえてるつもりなんで、こんな狭いとこじゃ吸わないっす。



指を火傷せんばかりに吸ったあとは、足元にぽい。

さすがにぺたぺたサンダルでもみ消してますけど、彼らには老体“安”をいたわる心はこれっぽちもないんでしょうね。



っていうか、お前らほんとにパイロットなのかよおお…



やっと満足してくれたハムスターどもは、ぺたぺたとサンダルの音も軽やかに飼育室、じゃなくて操縦室に消えていきました。

やがて“安”は徐々に降下し、無事ホータンに“安”着。



心底ほっとした私ですが、でも帰りもあるんですよね。

ウルムチ/ホータン間なんてこのフライトしかないのですから、きっと帰りもこいつらに違いない。

今度会ったらこいつら、どーしてやろう… なんて思ってましたが、ホータンからの帰りは違うクルーでした。



一体、どーゆースケジュールで人員のアサインを決めているのかよくわかりませんが、とにかく別人でした。

あ、帰りの人たちはまともでしたよ。

ワイシャツはだけて、ズボンの裾たくし上げてたけど、だけど、だけど、ぼーしはかぶってたもんね(爆)



巻之弐 「飛機壊了」
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中国が世界に誇る一大景勝地のひとつ・長江三峡。

険峻な山並みの間を縫うように流れる長江をクルーザーで下ってゆく 「三峡くだり」 の舞台として有名です。

世界最大級といわれる 「三峡ダム」 の建設も着々と進み、それがために長江上流の景観も大きく変わろうとしている昨今。

機を見るに敏な日本の旅行会社が、この千載一遇のチャンスを逃すはずがありません。



「これが最後 中国・三峡くだり」



とか



「二度と見られない 中国・三峡の絶景」



みたいなノリで、たくさんのツアーができました。



確かに景観は大きく変わるのですが、別に三峡そのものがなくなっちゃうわけじゃないんですよね。

ダムができたらできたで、新たな景観ができあがるわけで、ダム完成後も三峡下りが残ることは確かです。

私も当時は営業の端くれだったもので、主なお得意さんにお声がけし、いくつかツアーを作ることができました。



ある三峡ツアーに添乗員として行った時のことです。

このツアーは割りとアクシデント続きで、最初に上陸観光する予定だった 「赤壁(劉備玄徳の蜀軍と孫権の呉軍が連合し、曹操率いる魏の大軍を打ち負かした戦い。諸葛亮孔明の神策が功を奏したと言われている。三国志のハイライト場面のひとつ)」 では、天候不良のため接岸することができず、やむなく通過。



また長江の異常渇水のため、最終目的地の四川省重慶市まで行くことができず、重慶からガソリンエンジン搭載のジェットフォイルを呼び寄せ、それに移乗して行ったりもしました。



やっとたどり着いた重慶で一泊。

翌日の国内線航空機で上海に戻るのですが、何かいやーな感じです。

こんなバタバタしちゃったツアーで、国内線に乗るのは気が重いです。



しかし機は何事もなく、上海に到着しました。

上海でのツアー最終日は名物料理などに舌鼓を打ち、翌日の中国東○航空機 ヾ(^^; 伏セ字ニナッテナイ で、一路帰国の途に。



ふわりと軽やかに浮かび上がった中国東○航空機 ヾ(^^; ダカラ伏セ字ニ… はどんどこ高度をあげ、やがて水平飛行にうつりました。

やれやれ… と思った時、唐突に機内アナウンスが流れました。



「飛機壊了」



え〜…

だいたい字面で意味はわかっていただけると思うのですが、直訳しちゃいますと、



「飛行機こわれた」



(笑)



って言うか、意訳のしようもないんですけどね。



( ̄□ ̄;

あ、あの〜 「こわれた」って、いったい どーゆー…



まわりの中国人乗客たちも、あまりのとーとつさに



「あ? なに?」



みたいな感じです。

乗客のひとりが通りかかったスッチーをひっ捕まえ、今のはどーゆー意味だ? なんて聞いてます。



「飛機壊了。返回上海!」

「飛行機こわれたから、上海に帰んの!」



( ̄▽ ̄;;

い、いや、ですから、そのおお〜



ざわつく機内。

そりゃ、ざわつきますわな(笑)



私の横に座っていたお客さんも

「ん? なんだ、なんだ、どーしたの?」

と私に聞いてきます。

こーゆー時、私はどー答えればいいのでしょう…



「え、え〜っと、ちょっとエンジントラブルで上海に戻るみたいですね」

「お、おいおい、大丈夫なのかよおおおお(慄)」



って、俺に聞くなよ、俺によ。

俺が知りてぇ〜んだよ、んなこたぁ!



なんてことは口が裂けても言えません。

「大丈夫ですよ。天気もいいですからね」

って、別に天気は関係ないじゃん(爆)



大いなる不安を人数分乗せた中国東○航空機 ヾ(^^; ヤメナサイッテ は、あらよっと みたいなかけ声もろとも機首をくるりと転回。

また上海に戻っちまいやがった。



当然ですが中国の出国手続きはしちゃってますので、ゲートで待機します。

私はインフォメーションカウンターにへばりついてましたが、そこの係のおねえちゃんがちょっとかわいい子で、いろいろ話しているうちに、



「ねぇ今晩メシでも喰いに行こうよ」



なんて誘ってみたら、



「フフフ… あなたが今晩上海に泊まるならいいわよ」



なんて…

もう出国してる! っつうの!! ヽ(`Д´)ノ



そ、それはさておき…

結局、使用機材を変更するみたいです。



そーしてほしいです。

だって、一度離陸しちゃったのに、引き返すほど調子悪い ひこーき (もはや ひらがな で充分)に乗りたくありません。

もうおうちに帰りたいです。

って、これ乗らなきゃ帰れないんだよね(哭)



機材繰りにけっこう時間がかかるようで、その間、お客さんには中国東○航空 ヾ(^^; ダカラネ… より配られたミールクーポンで食事なりをしてもらいました。



やがて搭乗のアナウンスが。

もとの座席番号のとおりに座ります。

シートベルトをしつこいほどしっかりと締め、中国東○航空機 ヤメロヨー( ´∀`)σ)Д`)プニュ はエンジンの音も高らかに大空に舞い上がりました。



「ねぇ、添乗員さん…」



隣のお客さんが私をつつきました。



「この飛行機、前のと変わってるんだよね…」

「えぇ 機材変更する、って言ってましたから変わってますね」



「えらい親切だよなー 俺が捨ててったゴミまで積み替えてくれてるよ。ほら、これ」



ちゃ、ちゃんちゃん…

ヽ(τωヽ)ノ モウドーニデモシテ…



巻之参 静寂と暗黒の中で
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私が海外に出る時はたいていお客さんと一緒です。

なんつったって添乗員ですから。

しかしたまにはひとりで行くこともありまして、この時は確か、大型団体の打ち合わせとか現地下見か何かで行った時のことです。



昼間、北京で仕事を済ませた私は、その日夜の最終フライトで大連へ。

搭乗ゲートから沖留め(ゲート直結ではなく、滑走路の端っこに駐機してること)の ひこーき にバスで向かいました。



バスから降りてみると、



( ・ω・)モニュ?



あたりは真っ暗です。

確かにひこーきは停まってますが、誇らしげに描かれた航空会社のロゴマークを照らす垂直尾翼の照明もなく、夜間飛行の際に転倒、じゃなくて、点灯するはずの航空灯もついてません。

なによりアイドリングしているはずのエンジンから、何の音も聞こえません。

すんごい静かです。



(・ω・ )ムニュ?



い、いやな静けさですね… ここにししおどしでも置いたら、



「こ〜〜ん」



と、澄み切った和の心を伝える音色が響き渡ったことでしょう。



我々をゲートから乗せてきたバスの運ちゃんも、



「ほんとにここでいいのか?」



みたいに、指示書と機体ナンバーを見比べてますが、彼なりに納得したのでしょう。

首をかしげつつも帰っていきました。



あとに残された私たちは、え〜っと…

とりあえず機内に入るしかないですから、恐る恐るタラップを上っていくと、煌々と照らされているはずの機内にも、何の光明もありません。

スッチーが映画館よろしく懐中電灯で席まで案内してくれました。



「いったい、この ひこーき、飛ぶのか??」



横の中国人のおっさんも



「おい、これ一体どーなってんだ」



だ、だからさー 俺に聞くなよ、俺に…

第一、俺はどっから見たって中国人にゃぁ見えないだろーが!

そーゆー奴に中国語で聞くなああああああ



って、私は以前、中国人に



「私は中国人ではありません」



って言ったら、



「あー ごめん、ごめん。お前モンゴル人かぁ」



と言われたことがあります(爆)



そ、それはさておき。

いつまでたっても静かな ひこーき の中で、静かに座っているのにも限度がありまして、その間、何の説明もないし、暑いし、のどは渇くし、たばこは吸いたくなるし、もーパニック寸前です。

スッチーに聞いても、



「わからない」

「ちょっと待ってなよ」



としか答えず、埒が開かないばかりか、開くのは口ばっかりでしかもふさがりません。



そのうち、みんなでたばこ吸っちゃおうぜ、ということになり(笑)、スパスパ吸い出しましたので、私も一緒になってスパスパ吸いました。

離陸して水平飛行になるまではたばこは吸えないのですが、もー関係ないもんね。

すっちー(これももはや ひらがな で充分)が



「ちょっとー たばこ吸わないでよ〜」



なんてほざいてますが、かんけーないもんね。



結局、私たちは ひこーき から降ろされ、またゲートに戻ってきました。

原因は 【機材不良】 だって…



って…

んなことは最初からわかってただろーがああああああ

(ノ ゚Д゚)ノ ====┻━━┻ ←怒りのあまり、ちゃぶだいひっくり返すの図。



そして待つこと数時間。やぁぁ〜っと北京から飛ぶことができました。

機材が変更されたのか、それとも



ナカヌナラ

ナカセテミセヨウ

ホトトギス



みたいにエンジンを泣かせた、もとえ、鳴かせたのかは定かではありませんが、いーんです。飛びゃぁ。

中国北○航空機 ヾ(^^; (オ好キナ言葉ヲ入レテ下サイ) は、深夜の渤海湾上空を粛々と大連に向けて ひこう して行きます。



確か深夜の 2 時ぐらいだったと思いますが、大連・周水子空港に到着しました。

いつもならたっぷり待っているタクシーも、さすがに 1 台もいません。

それでも辛抱強く待っていた見知らぬ人の迎えの車に、うまいこと便乗して行ったのか、中国人乗客たちは次々と消えていきます。



こーゆー時は、誰も私のことを中国人扱いしません。

そして誰もいなくなった(笑)



仕方ない…

ここで夜を明かすか…



無色透明のため息をついた私の目の前に、とーとつにタクシーが姿を現しました。

もう何でもよくなった私はそのタクシーに乗り込み、予約してあるホテルの名を告げました。



何だかすごい饒舌な運ちゃんです。

もう、しゃべくりまくってます。

深夜だっつうのに、すげーハイテンションです。

適当に相槌を打っていたのですが、どうもさっきから街中へ向かう道とは違う道を走っているような気がしてなりません。



も、もしや雲助タクシー? ガ━━ΣΣ(゚Д゚;)━━ン!!

考えてみりゃぁ、当然のシチュエーションかも知れません。

うかうかとタクシーに乗ってしまった、自分の甘さを恨みましたが、もうどうにもなりません。タクシーはどんどん裏道に入っていきます。



閉じることを忘れたかのような、運ちゃんの口が停止しました。

ついでに車もとめ、エンジンもライトも消されました。



来るな…



私は内ポケットに右手を伸ばし、常時携帯しているトカレフの所在を確かめ… なんてことはできるはずもなく、ただただたばこを吸っていました。

振り返る運ちゃん。



「すまん、こんなことをするつもりはなかったんだが…」



え、え、ま、まさか俺、殺されちゃうの? ((((;゚Д゚)))



1 時間の後、タクシーは何事もなかったかのように走り出し、無事ホテルに着きました。



この運ちゃん、振り返った後、延々自分の身の上話をしだし、如何に自分が惨めな境遇にいるか、家族を養うのにどれだけ苦労をしているか、こんな深夜に車を走らせているのも家族のためで、明日も早朝から車ころがすのだ、と。

ん〜 な、なんかすごい借金があるみたいです。



それで、深夜の到着であんたが疲れているにもかかわらず、こんな人気のないところに連れてきたのも、巡回中の公安局員か何かにつかまったらヤバイ(無免みたいでしたネ)からだ、と。



要はチップをはずんでくれ、と。

こーゆーことだったんですね。

ほんとに疲れていた私ははいはい、といい加減に聞いて、どーじょ、みたいな感じで料金を倍払ってやったっす。



この時のことは今まですっかり忘れていました。

サイトに載せるために、思い出しつつ書いていたのですが、ふと思います。



あの時、おとなしく料金を倍払ったからよかったようなものの、もし拒否したら、どーなっていたんだろう、って。

やっぱりただじゃすまなかったですかね…



ひこーき がちゃんと飛んでさえくれれば、ちゃぁ〜んと大連に着いていたわけで、

(´;ω;`) ウッ… やっぱり ひこーき は嫌いです…
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