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ロードバイク・アメリカンフットボール・音楽・酒
添乗員はモノを知っているか
人から職業をたずねられて、

「旅行屋です」

と答えると、たいてい

「へぇ〜 いろいろなところに行けていいですねぇ〜」

とか、

「今度、おいしいレストランとか穴場を教えてくださいよ」

とか言われます。

  

もちろん、普通の人よりはあちこち行ってることは事実ですし、おいしいレストランも知ってます。

  

特に中国はほんとによく行かされましたので、各都市のおいしいレストランなんかはたちどころに 10 やそこらは言えますし、来歴や蘊蓄を語ることもできます。

  

ただ、問題は後者の 【穴場】 なんですよね。

穴場って、そこに住んでる現地の人しか知らないとか、旅行者はまず知らない、行かない、そんなところを言うのでしょうが、これを添乗員が知っているかというと、むしろ知らないことの方が多いんじゃないかと思います。

添乗のスタイルは千差万別ですので、私がそうだからと言って、他の添乗員も同様かというと、決してそんなことはないのですが、私の場合、いわゆる 【穴場】 はあんまり知りません。

  

そこで今回は、

「添乗員なんだから、こんなことぐらいは知ってるだろう」

とか、

「添乗員なんだから、おもしろいとこ山のように知ってるはずだ」

というありがちなイメージを払拭し、素の添乗員の姿に迫ってみたいと思います(笑)

 

あ、しつこいようですが、あくまでも 【私】 のことですよ。

ちゃんと勉強したり、まめに情報を仕入れているまじめな添乗員さんもたくさんいますので、ごっちゃにしないでくださいね。

   

  

  

その 1 ◆穴場を知っているか

ここで言う 【穴場】 とは、いわゆる 隠れ家レストラン とか、現地人御用達みたいな、そんなところとします。

まず結論から言うと、ほっとんど知りません(爆)

  

最も回数を行っている中国の場合、食事というのは三食セットされているケースがほとんどです。

中国のパッケージツアーに参加されるお客さんは比較的年輩の方が多く、仮に

「夕食はお好きなところへどうぞ」

となっても、尻込みしちゃって、よー行かん人がほとんどなんですよね。

  

別に非難してるわけではなく、これはむしろ当然のことです。

また意を決して街に出ていったとしても、まずことばが通じない。

そこらの食堂のおっさんやおばさんが日本語や英語を解するわけもないし(これは日本だってそうです)、隣の人が食べてるものを指さして、

「あれをくれ」

と身振り手振りで注文するなんてことは、まずやらないでしょうね。

日本では満員電車でもどこどこ乗り込んできたり、わずかな座席の隙間にもぐりぐりお尻をめり込ませて座っちゃうような 【オバハン】 も、ひとたび海外に出ちゃうと借りてきた猫のようになっちゃう人がいます。

もっとも日本でも海外でも おんなじ 人もいるにはいますが、幸か不幸か私がご一緒してきたお客さんは、ほとんどがこのようにおとなしくなっちゃう人たちでした。

  

また街なかの食堂は衛生面でも難あり、のところも多く、最近は北京や上海、広州といった大都市では個人経営のすんげーきれいなレストランもたくさんできてますが、地方になるともうダメです。

私なんかでも、

「え… ここはちょっと…」

と怖じ気づいちゃうところもいっぱいありますしね。

  

そんなんで、中国のパッケージツアーは三食ともに現地の手配先がセットしたレストランで食事をとることが一般的でして、当然添乗員もお客さんと一緒に食事をすることになります。

その時、同行している中国人ガイドは決してお客さんと同じテーブルにつこうとはしません。

彼らはバスの運ちゃんなんかと一緒に食事をするのですが、メニューは我々のモノとはちょい違います。

いわゆる 「司机飯」 、司机は中国語で運転手の意、つまりドライバーズメニューということで、我々のメニューが全 12 品だったとすると、彼らが食べるのはその内の 3 〜 4 品程度、それも野菜炒めだったり、スープだったりと、つまりはお客さんに出すメニューの中で、比較的安いやつをちょこちょこっと別皿に盛り分けて出されるわけです。

  

また一般の中国人の食事マナーは、日本人から見ると眉をしかめる事が多く、皿や椀を自分に近づけるのではなく、自分の口を近づける、いわゆる犬食いであったり、骨付きの肉を口の中でもぐもぐやった後、ぺっとテーブルの上にそのまま吐き出しちゃったりします。

このあたりのことは中国では、ちっとも行儀悪いことではなく、ごく普通のことです。

日本人だったら、骨なんかは目立たないように、自分の取り皿のはじっこにちょこっと置いたりしますけど、 「これから食べる骨付き肉」 と 「もう食べちゃった食べかすの骨」 を一緒の皿に置かない、そこら辺を吐き違えないところに、各々の国の文化の真骨頂がかいま見える、と何かの本に書いてありました(笑)

もちろん冗談半分ではありますが、言い得て妙であります。

  

このへんの捉え方というか感覚の違いは、さすがに四六時中日本人観光客と接している中国人ガイドは心得ており、

「メシの時ぐらい、好きに喰わせてくれよ」

みたいな感じで、お客さんから

「あなたも一緒に食べましょうよ」

と誘われても、笑顔で

「ありがとうございます。でも我々のメニューは皆さんとは違いますので」

などと、さも残念そうなそぶりで向こうのテーブルに行っちゃいます。

  

で、添乗員は当然お客さんと同じテーブルに座るのですが、この時がまた結構大変だったりします。

次々と運ばれてくる大皿の料理の中で、珍しいものが出てきたりすると、

「あらー これ何かしら?」

「ねぇ、添乗員さん、これいったい何?」

となります。

私もたいていの料理は知ってますので、知っているモノであれば説明しますが、中には見たこともないやつが出る時もあるわけですよね。

そんな時は、料理を運んできたウエイトレスに聞くわけで、それをお客さんに説明します。

ちなみに添乗員を始めてから最も多くの中国語の語彙を覚えたのは、この料理の名前と調理方法、それと医学用語だったりします。

   

そんなわけで食事の時もお客さんと一緒。

もちろん昼間の観光も一緒。

  

夕食が終わってホテルに戻ります。

部屋に入ってもすぐにシャワーは浴びません。

たいていお客さんから電話がかかってくるからです。

 

「明日のモーニングコールは何時だったけ?」

「○△が買いたいんだけど、明日はショッピングの時間あるかしら?」

とか、

あと多いのが

「バスルームの電気がつかないんだよ」

「トイレの水が流れません」

といった水まわりのトラブル。

  

ホテルに入った初日は、お客さんが一息ついたころを見計らって、各部屋をまわります。

おもに電気はちゃんとつくか、トイレ、バスルームの水まわりは大丈夫か、といったところを確認するのですが、昨日は大丈夫でも今日はダメなのが中国。

中には、

「同室のやつがまだ戻らないんだけど」

とか、

「部屋のかぎが開かないよ」 or 「かぎなくしちゃった」

ってのも多いですね。

   

ですから、自分の部屋に戻っても、一時間ぐらいはネクタイをゆるめる程度で、すぐに出られる服装のままでいます。

まぁこの時に添乗レポート書いたり、その日の収支を計算したり、翌日の用意をしたりするのですが、かけ出しのころはこうしたタイミングがわからず、部屋に戻るなり、

「あぁ 疲れた」

とばかりに、すぐにシャワー浴びて、途中で電話がかかってきたりとか、そんなことも多々ありました。

  

やっとお客さんも落ち着いたようです。

レポートも書いたし、精算もした、と。

んじゃ、シャワーでも浴びますか。

で、シャワーを浴びてパンツいっちょで、ぼーっとテレビでも見てるとさすがに疲れを覚えます。

で、明日も早いから寝ようか、と。

  

だいたいお客さんのモーニングコールが 7 時であれば、添乗員は 6 時ぐらいに起きなきゃいけません。

ホテルのフロントがモーニングコール忘れることもありますしね。

そんな時は自分で各部屋に電話しなきゃいけないし。

   

だいたいこんな感じでツアー日程を消化していくわけですが、

ね? こんなんだから添乗員には自由時間なんてないし、穴場を探す時間もない、知っていても行く時間もあんまりないわけなんですよ。

もっともお客さんが落ち着いたあとから、ツアーに付いてる中国人ガイドと気が合っちゃったりすると夜も夜中から飲みに行ったりもしますけど、翌日のことを考えるともちろんそんな深酒はできません。

勢い、そこらで軽く、なんてことになるわけで、泊まってるホテルのそばに 【穴場】 があるとは限りませんしね。

  

添乗そのものを生業とするプロ添乗員、いわゆるプロ添は、中国のツアーがまわってくると

「あぁ〜 今回は楽できるなぁ」

と思うそうです。

欧米のツアーの場合は中国とは逆に、夕食はセットされていないことが多く、そんな時は勝手に食べに行っちゃうお客さんはともかく、たいてい

「添乗員さん、どっかおいしいとこ連れってよ」

となりますので、自分でレストランを探してお客さんを案内しなきゃいけないわけですよね。

で、メニューの説明や注文も全部添乗員がしなきゃいけない。

  

私もアメリカの添乗で何回も経験がありますが、これは一苦労です。

ステーキ頼むんでも、焼き方はどうする? サラダのドレッシングは何にする? ワインは何飲む? となりますし、食べ終わってからの支払いも、何人かで行けば割り勘が原則ですが、アルコールをたくさん飲んだ人とそうでもない人とは当然、差をつけなきゃいけない。

もっともドリンクは各自で飲んだ分だけ払うのが普通なんですけどね。

  

で、やっと食事が終わって

「それでは、おひとり○○ドルですね」

と精算の時に、ちょうどの金額を持ってる人はほとんどいません。

うまく集めて自分の財布からも出してきっちりそろえばいいのですが、そうもいかない時は少額紙幣に崩さなきゃ行けないし、隣のテーブルではまだ食事してる人がいるわけで、はでに札のやりとりをするのも迷惑だし、第一危険です。

  

欧米の添乗で、一番イヤなのが、実はこの食事の時なんです。

しかも 1 日 1 回は必ずやらなきゃいけないわけですしね。

中国の場合は、夕食がセットされているし、しかもガイドも同行しているので、こんな面倒なことをする必要がありません。

ですからプロ添の連中は中国のツアーが来ると、

「あぁ… 今回はボーナス添乗だ」

と思うのだそうです。

   

どんなにいやでも自分でレストランを探せば、そういうところは絶対忘れないし、バスのドライバーに教えてもらったレストランが、実は地元では有名なところで、いわゆる 【穴場】 だった、という時もあるわけですけど、まぁそういうわけで、私の場合は 【穴場】 を知っているか? と言われれば

「知りません」

と答えるしかない添乗員であります。

  

  

   

その 2 ◆観光地の案内ができるか

中国の首都、北京を例に取りましょう。

さすがに悠久の歴史を誇る古都だけあって、北京には見どころがたくさんあります。

郊外には有名な万里の長城や、明代の歴代皇帝の陵墓・明の十三陵、また皇帝の避暑地でもあった頤和園など。

また市内で最も有名なのが天安門広場や、皇帝の居城であった紫禁城、今の故宮博物院ですね。

その他、水面に映える白塔が美しい北海公園や、皇帝が五穀豊穣を天に祈願したという天壇公園とか。

たいていのツアーは、ここにあげたような名勝旧跡は必ずまわるわけでして、おかげで私も数え切れないほど行きました。

  

まず現地中国人の日本語ガイドが先頭に立って歩きます。

それからお客さん。

一番最後は添乗員の私。

こういう時、必ず一人や二人は写真を撮ったり、メモをしたりでグループから遅れることがあります。

写真を撮り終わって、あるいはメモも書いたりしてふと顔をあげてみると、自分のグループはもう先に行っちゃって、どこにもいない。

「あれ〜…」

そんな時、私が後ろから

「いい写真撮れました? よろしければ参りましょう」

とか言いつつ近寄って、先行してるグループと合流させるわけです。

   

ですので、あんまりグループとぴったりくっついちゃっても、そういう迷子予備軍を事前に見つけられなくなっちゃいますので、適当な距離をおいて後から歩いていくんですね。

時折、ガイドが立ち止まって説明を始めます。

たいていのお客さんは、ガイドを囲むように輪になって集まり、メモ取ったりしてるわけですが、また一人や二人は露天のみやげ物屋で絵はがき買ったりとか、カメラのフィルム入れ替えたりとか、ふと気が付くと誰もいない…

で、また私が

「あれ、きれいな絵はがき買われましたねぇ」

とか何とか言いながら近より、さりげなく一緒に歩きながらグループと合流させる、と。

ですんで、私はお客さんの輪の中には入れず、また微妙な距離を置きながらお客さんを眺めてるわけです。

 

当然、ガイドの説明なんか聞こえやしません。

ですから、この石碑は何の時代に何とかとか言う有名な書家が書いたもので、とか、そんなんは全然わからないわけですね。

しかし何回も、何回も、何回も、何回も同じとこ行ってるわけですから、ここから一番近いトイレはあそこにあるとか、バスの駐車場は、あそこを曲がってふたつめの角を右にとか、そんなんだけはさすがに知ってます。

   

ただ困るのが、こういう時です。

「ガイドさんが言ってること、聞き逃しちゃったんだけどさー、あの額って、誰が書いたんだって?」

「え、え〜っと…」

  

ここですぱっと答えられるか否かというのは、後々まで響いたりします。

幸い、私は北京の大学で中国史を専攻してまして、個人的にもそんな本を読むのが大好きなので一般常識程度のことは知ってます。

「あれは清朝の康煕帝真筆ですね」

なんて、言えることも少なくなかったわけで、まぁ北京や西安、上海あたりのおおどころの観光地であれば、地元のガイドなしでもだいじょぶです(だと思います)。

   

ただ中国でも他の都市や、中国以外の国になるとまったくだめで、それこそ一夜漬けの知識程度しかありません。

以前、パリに何の予備知識もなしで一ヶ月ほどいなきゃいけなくなったことがありまして、この時のツアーでは、中国ほどお客さんべったりである必要はなかったのですが、それでも時たま、

「添乗員さん、あれ何?」

「え゛…(あれ、確かノートルダム寺院だよな… 違ったけ… まったく、なんでどれもこれも似たようなもん作んだよ、んとによー)」

みたいにしてますと、

「あ、いいや、いいや」

と、あっち行かれてしまいます(爆)

  

ちなみに、何で予備知識もないままいきなりパリに行っちまって、しかも一ヶ月近くも暮らさなきゃいけなかったのか。

もちろんワケありなんですけど、その気になったら書きます。

   

そんなわけで、添乗員って、本来の仕事をまじめにしようとすればするほど、ガイドの説明なんか聞いちゃいねーわけで、従って自分で勉強しない限りは観光地の知識なんて身につきません。

  

昔、ひょんなことで手に入れた、中国人ガイド養成のための観光地教本があるのですが、これは助かりましたね。

要所要所を押さえており、有名どころはもちろん、さほど行かないようなところまでていねいに解説してあります。

もうぼろぼろになるまで読んだもんですが、ああぁ… あのころは俺もまじめだったんだなぁぁ ( ==)トオイメ

  

  

  

その 3 ◆添乗員は仕事中に酒が飲める?

ちょっと前にも書きましたが、私は北京の某大学で中国史を勉強してました。

そんで、日本では中国語学校に通い、卒業するまでは通訳養成班に籍をおいていました。

ですんで、とりあえず困らない程度には中国語は話せるのですが、こういう添乗員ってお客さんにとっても、また中国側にとっても便利な存在みたいです。

もっともガイドからは、バスのドライバーなんかとのひそひそ話、このお客さん、どこのみやげ物屋に連れていっちゃおうか、なんてのもわかっちゃいますので、けっこう煙たい存在かも知れませんが(笑)

  

んで、添乗中に通訳がわりに駆り出されることが時たまありました。

もちろん公式の場では公式の通訳がつきますので、私が通訳のまねごとをさせられるのは、宴会なんかの時が多かったです。

  

例えば、どっかの市民団体の訪中団に添乗したとします。

こういう場合、友好都市の提携をしている中国側の街を訪問するとか、そんなケースが多いわけですが、そうするとそこの人民政府、日本で言うところの市役所ですね、そこに表敬訪問したりします。

んで、夜は人民政府主催の歓迎会が開かれたりしまして、中国の宴会は言うまでもなく円卓、丸テーブルですね。

この丸テーブルにも非常に厳しい上座、下座の掟がありまして、招く側の主人が座る席とお客さん側の代表者が座る席、その向かいに誰々、みたいに全部決まってます。

  

中国側の市長さんと日本側の代表者、つまり団長さんですね、彼らのテーブルには当然、中国側の正式な通訳が同席しますが、他のテーブルには通訳が付かないことの方が多いです。

そんなテーブルに座らされた中国側もかわいそうですが、そんな人が来ちゃったお客さん側も大変です。

お互いに変に気を使っちゃって、ぎこちない笑顔でへらへらしたり、コミュニケーションもはかれないので、無言でもぐもぐ食べたり。

まぁそんな時に私でも同席していれば、いないよりは多少はましなわけで、態のいい通訳がわりにさせられるわけです。

そんな時は私も気が楽です。通訳というより、むしろ一緒になっておしゃべりしてる感覚ですしね。

  

ただ、以前、かなり緊張したことがありました。

日本の某省庁の外郭団体の訪中団に添乗した時のことです。

その時の訪中団の団長さんがその団体の役員を務めており、しかも私の恩人の一人である人の父上なんですわ。

  

行ったところもすごかったっす。

シルクロードの名城、千仏洞で有名な敦煌です。

だいたいシルクロードは、今も昔も、日本の添乗員も中国のガイドも、

「シルクロードじゃなくて、クルシイロードだよ」

と弱音を吐くぐらい、しんどいとこなんです。

そこに恩人の父上が団長を務める訪中団に添乗したわけで、まー 今の私じゃ考えられないぐらい一生懸命に働きました(爆)

  

そしてお約束の宴会の夜。

中国側からは敦煌市長が出席。

当然、メインテーブルには市長と団長が座ります。

私は当然末席だろうと思ってましたので、宴会場の事前チェックなんかしてたわけですが、そこへ出し抜けに父上殿が現れ、

  

「今夜の宴会の時ね、私のテーブルの通訳はあなたがやってください」

  

(゚▽゚;)

えええええええええええ!!!!!

そそそ、そんな突然言われましても…

なんて、口答えは許されません。それほど偉い人なんです、その父上(泣)

もうやるしかありません。

こうなるとわたしゃ、切り替えが早いんで、

「はい。務めさせていただきます」

と即答してしまいました ヽ(^^; コワイモノシラズナノネ

  

それから宴会までの間、自分の気持ちを徐々に盛り上げ、できる、できると頭の中で念じていました。

だいたい私は本職の通訳じゃないんで、多少の誤訳はあってもいーんです。

それぐらいの気持ちで臨まないと、細かいニュアンスの訳で立ち往生しちゃったり、誤訳をおそれるあまり頭がまわらなくなったりと、そんなことになりがちです。

自信を持って臨むのが一番大切なことなんです(と、思います・爆)

  

一番怖かったのが、市長さんの話す中国語が、どれだけ標準語に近いモノか、ということだったんですが、広大な中国の場合、一口に中国語といってもいろいろありまして、北京語も広東語もみんな中国語ですが、実はまったく違うんですね。

  

一例を挙げてみましょう。

私は日本人です

これを北京語で言うと、

ウォシィリーベンレン

  

となりますが、広東語では

ンゴオハイヤップンヤア

  

ね? 全然違うでしょ?(泣)

  

まぁこれほどひどくはないにしても、地方の、なまりのある中国語というのは、我々中国語学習者のけっこうな鬼門だったりするわけです。

敦煌っつったら、中国でも非常に田舎に分類されるわけで、市長さんが生まれも育ちも敦煌みたいな人だったら、えらいことになります。

いくら自信を持って臨んでも、相手の言うことが一言もわからないんじゃ、どーしよーもありません。

もう祈るしかないわけですが、何とこの市長さん、なんか中国北方の生まれだそうで、けっこうきれいな標準語をしゃべってくれました。

「はぁぁ…」C=(^◇^ ; ホッ!

  

もう頭の中で、天使が

「よかったー よかったー」

と、よかった踊りを始めちゃいまして、狂喜乱舞してます。

  

ちなみにこの、

「天使がよかった踊りを始める」

というフレーズは、私の上の子供作でして、何か非常に共感をおぼえてしまったので、私も時たま使わせてもらってます(爆)

   

宴会が始まりました。

なんか快調です。

実にスムーズです。

市長さんも私を気遣ってくれてか、比較的ゆっくりしゃべってくれますので、こっちにも余裕ができ、私の口もぺらぺら動いてます。

   

中国の宴会に乾杯はつきものでして、何かといえば乾杯です。

んで、中国の酒は非常に強いのが多いんですね。

白酒という蒸留酒は、アルコール度数、実に 60 度ほど。

いくらでも火がつきます。

って、ガソリンかい!

(笑)

  

これを一口サイズの小さい杯に満たし、何回も何回も乾杯をやるわけで、中国式の乾杯とは、文字通り、

「杯を乾かす」

つまり、一気にぐいっとあけちゃうわけです。

  

市長さんがしゃべってます。

私はそれを一生懸命メモに取ります。

んで、話しおわると、私はそのメモを見つつ、日本語に訳していきます。

その間、市長さんは自分の取り皿の料理を食べるワケですね。

   

私の日本語訳が終わると、それを受けて日本側の団長さんがしゃべります。

私はまたメモを取り続けます。

団長さんの発言が終わりました。

私はそれを、今度は中国語に訳していきます。

団長さんはその間、料理を食べてます。

  

そんで、乾杯が入ります。

乾杯の時は、とにかくそのテーブルについた全員が立ち上がり、 60 度の酒を一気にぐいっと飲むわけで、すかさず後ろに控えているウエイトレスが、またなみなみと白酒をついでいきます。

これを繰り返していくわけですが、中国料理ってわりと油っぽいんで、胃の中に油の膜ができるわけですね。

ですから強い酒を飲んでも、ほどよい感じになるんですが…

  

けど、私って、こういう場合、いったいいつ料理を食べたらいいんでしょう?

常にどっちかがしゃべってるわけで、その間私はメモを取り続けます。

で、私が訳す、と。

んで、ひとしきり終わった後で、カンパーイ!

そんときゃ、私も飲まなきゃいけません。

つまり、料理が食べられない、ということは胃に油の膜もはれない状態で、 60 度の酒をぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐい飲まなきゃいけない…

 

(´-ω-`) あのー…

  

え、えらいことになってしまいました。

だいたい空きっ腹の時に飲む酒って、まわるもんだと相場は決まってるのに、ひたすらメモ取ってしゃべり続けて、 60 度のガソリンだけは飲まされるのかよー(魂)

  

でも、人間ってえらいもんですね。

緊張感とか使命感があると酔わないもんなんですね(笑)

結局、私の訳すペースはスタート時から衰えないまま、何とか終盤まで持ってきました。

  

んで、最後に、市長さんがですね、漢詩を吟じ始めちゃったんですわ(爆)

えー いくらなんでもそれは勘弁してくれよー そんなの訳せねーよー

でも、あれ?(・ω・ )

ほんとーに偶然ですが、市長さんが吟じた漢詩は、私も好きな漢詩で最初から最後まで覚えているものでした。

唐の詩人・王維作の送元二使安西(元二の安西に使いするを送る)という詩で、こんなんです。

  

渭城の朝雨 軽塵をうるおし
客舎青々 柳色新たなり
君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
西の方 陽関を出ずれば
故人なからん

  

友人との別れの詩です。

陽関とは地名でして、当時の漢民族の支配する地域のぎりぎりのところありまして、そこから先は得体の知れない少数民族の暮らす異域。

陽関から更に奥に行かなければならない友人を見送りに、陽関まで一緒に来、そこで最後の酒を酌み交わしたんですね。

そして友人に勧めます。

  

「もう一杯飲め。陽関から先は知り合いなんか誰もいないんだから」

「西出陽関無故人」

「西の方 陽関を出ずれば故人なからん」

のくだりです。

   

敦煌はこの陽関の先にあり、つまりは知ってる人が誰もいないような、最果ての地のように、この詩では詠われているのですが、市長はこの最後のくだりを、

「西出陽関 【無】 故人」

ではなく、

「西出陽関 【有】 故人!」

と、ひねり、つまりは陽関から出てきて最果ての敦煌に来ても、あなた方には私たちという友人がいるのです、と、こーゆーことを言いたかったわけです。

  

中国側の出席者は、もちろんこの市長の意図はわかりますので、

「そうだ、そうだ」

と盛んに拍手をしています。

  

私は、この原文の格調高いリズム感を崩さず、市長の意図を伝えなければいけないわけで、でも、そこで停まってしまっては場の雰囲気をぶちこわすことになります。

  

空きっ腹に 60 度の酒だけがたらふく入った状態で、私の頭はこんな風な訳をもってきました。

  

「西の方 陽関を出ずれば」

「故人ありき」

  

お客さんの中にも、この漢詩を知っている人は多く、敦煌という場所柄とこの詩が持つ本来の意味はわかっており、ただ市長がこの詩を吟じた後での中国側の反応から、なにかおもしろい、意味のあることを言ったんだろうという予想は立ち得たわけで、そんな中でのこの訳は、お客さんからも

「おおーー」

と拍手で受け入れられました。

 

もちろん、この他にもうまい訳はたくさんあると思うのですが、立ち往生することなく、とりあえずは市長の意図を正確に伝えることができたと思ってます。

  

やっと宴会が終わりました。

最後はお互いに握手で別れ、会場を出ていきます。

宴会場は、私たちが泊まっているホテルでしたので、団長さんと私とで市長さんをホテルの玄関まで見送ります。

 

市長さんが車に乗って去ったあと、団長が私の肩をたたき、

「ありがとう。ご苦労様でした」

とねぎらってくれました。

 

私は正直、肩の荷が下りたような気がし、何とか役目を果たせたという安心感と、自分の持てるものすべて使い切ったかのような充実感を感じていました。

それでやれやれ… と自室に戻り、部屋に入った途端…

  

そこで記憶が途切れます。

   

気がついたら朝になってました。

私は昨日のままのかっこで、ドアを閉めた一歩先の部屋の中でぶったおれてました。

あれ?<( ̄(エ) ̄;))((; ̄(エ) ̄)ゞあれぇぇぇぇ

  

やっぱ空きっ腹に 60 度は、きつかったみたいです…(爆)

仕事中に酒飲めるって、確かに仕事中に酒飲んでたわけですけど、まぁでも、こーゆーのはもうイイヤ(笑)

って、あのころの俺はほんとーーーに、まじめだったんだなぁぁぁぁぁ

  

ちゃんちゃん
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